第2回:井上亮氏に聞く、シリコンバレーで建築家としてはたらくということ(前編)

まず井上さんの経歴を教えてください。

日本の高校を出た後、ボストンの大学で建築を学びました。卒業後、アメリカの大手建築設計事務所であるSOM New Yorkに就職しました。2008年からアトリエ系設計事務所の小林・槇デザインワークショプ(以下KMDW)で6年働き、2014年にカリフォルニア、バークレーにKMDW, Inc.を設立後、2016年からはHOMMAのデザイナーとして働き始めました。

アメリカの建築教育はどう感じられていますか?

アメリカの大学の建築学科の期末レビューに呼ばれることがあるのですが、最近の建築学科は1学期間でやることが多すぎると感じます。
コンセプト、手書きスケッチ、CAD基本図面、ビジュアル、模型、ディティール模型、3Dプリントと内容が非常に幅広いです。
ツールを覚えることに精一杯で、一番大事なコンセプト作りのための時間をつくれていないのが心配ですね。課題提出を間に合わせるために誰かの真似をした作品を提出してしまう学生もいて、中身がすかすかのためレビューとして批評できる状態ではないときがあります。

以前、KMDWでインターンにきたアメリカの学生に、シングルラインでいいから手書きで平面図スケッチを描かせたことがあります。その学生は、デジタルツールをいつも使って作業していたため、空間に対してのスケール感がわかっていないようでした。例えば、コンセプトプランにスケッチする際、その空間に対して適切な階段のサイズがわからないといったことです。
図面を見て瞬時に頭の中で空間を把握することは、建築家として必要な能力の一つだと思います。いまは学校に入ったときから、熟練の経験者が使うようなソフトを使い始めます。基礎がないままツールの習得に入ってしまうことで別の課題が生まれている気がします。

別の課題とは?

クライアントや現場の人に説明するのに必要な、知識と言葉をもつ訓練ができていないことです。
確かにRevitやArchiCADなどを使えば、テンプレートからリアルに建てられる壁の図面を描けるかもしれない。ただ、あなたの描いている壁は、現場で職人さんが実際につくる壁なのだから、全体の整合性や構造、各部位の意味がわかっていないと現場の人にもこちらの意図は伝わらないよ、とインターンや学生に対して伝えています。

なるほど。世代間ギャップも感じますか?

CADやCGを使えること自体が問題だとは思っていません。ただ、CADを使ってこなかった上の世代と、デジタルでモノを考える下の世代とのギャップを埋める通訳者が少ないことに危機感を感じるときがあります。
もしかしたら建築業界においては、納期を短縮できるデジタルツールを喜びすぎてしまったのかもしれませんね。せっかく3Dデジタル化して時間短縮につながったのだから、その空いた時間を、下を育成する時間に回せればよかったのですが……プロジェクト自体が短納期化してしまいました。
だからこそ、意識してギャップを埋める時間や教育システムそのものを、会社できっちり考えていかないといけないのでしょう。

デジタルとアナログの変革期を経験した井上さんはいま、どのようにツールを捉えていますか?

以前は、プレゼンのために3ds Maxなどを使って格好いいビジュアルを作っていました。もちろん、目的やアピールポイントが変われば使うツールは当然変わってきます。ツールは、時代にあわせて、目的ごとに適しているものを選択していくことが重要かと思います。

井上さんが実際に使っているツールを教えてください。

HOMMAのプロジェクトは、通常の建築プロジェクトとは異なるため、自分に求められていることもこれまでと異なります。特定のCAD、CGツールを使うことよりも、さまざまなツールを試し、何が一番このプロジェクトに適切か考え、データや情報をチームにわかりやすく共有し、一緒に修正していくことが重要になります。
その点で、各プロジェクトの全体像を把握することができるiPad Proは本当に便利です。
打ち合わせをするときやスケッチをするときは、iPad ProとApple Pencilを使っています。最近はMorpholio TraceとConceptsというアプリを行き来しながら仕事していることが多いですね。

Concepts appの画像イメージ

Concepts appの画像イメージ

Morpholio Traceは建築デザイン用アプリです。取り込んだPDF、地図、写真、画像、図面に対し、レイヤーでトレーシングペーパーを重ねて、定規・ブラシ・ペンツールで書き込めます。
打ち合わせの際、AirPlayでiPad Pro上のMorpholio Trace画面をモニタに映し出し、赤入れ(修正指示)もこのアプリ上でしています。
Conceptsはプロジェクトごとの情報やスケッチをまとめるのに使用しています。デジタルの巨大な1枚のパレットに全ての考えを書き込むので、プロジェクトが進んでいくと色あせてしまうような、初めのコンセプトをいつも表示しておくことができます。また、他のアプリでプレビューしたRevit、SketchUp、Rhinoceros、ArchiCADなどのCADデータを、切り取った画像の上にトレースできるのがとても便利ですね。
あと、特別なことではないかと思いますが、情報にどこからでもアクセスできるようクラウドを使える環境は必須ですね。

デジタルツールとどのように向き合っていますか?

すべてをデジタル化したい、紙をゼロにしたいという気持ちはありません。建設現場の人たちと話しをするときは紙で図面を見せることも大事なので、それぞれ目的にあわせて使えばよいと思っています。
また、仕事と作業は別物と考えています。デジタルを使って速くなった作業もある一方、そのツールを使うことに満足してしまい、仕事の時間(考える時間)を削ってしまうのはデジタルの間違った使い方だと思います。
使いこなすまで少し時間はかかりますが、アイデアがふってくるその瞬間を逃さないで、パパっと寝転がってスケッチしたりして。細かく分断された時間を使えることがデジタルツールの良さだと思います。ただ、PCで作りこんでいるわけではないので、遊んでいるように見えるかもしれません。まわりの理解は必要かもしれませんね(笑)。

槙田 淑子

槙田 淑子Producer, Facilitator, Writer

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建築パース・建築ビジュアライゼーション分野のポータルサイト『Kviz』編集長。デジタルメディアシステム部 所属、社内ワークスタイルサポートプロジェクト「わくすた」リーダー。エンターテイメント・文教などデジタルメディアを使う業界向けの製品プロモーションやセミナーも担当しています。

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