第3回:井上亮氏に聞く、シリコンバレーで建築家としてはたらくということ(後編)

アメリカと日本の文化の違いについて

アメリカの年配の人たちはデジタルに対しての拒否感が少ないと感じます。デジタルに対する垣根が低い分、理解があると思います。それは、使いやすくわかりやすい高機能な携帯電話が先に普及した日本に対し、アメリカではスマートフォンが出る前までは携帯電話ではなく、パソコンが普及したのが要因かもしれません。年配の方が、カフェでMacを広げてメールをしていたり、iPadで読書をしている姿を見ることは、こちらでは日常的なことです。
また、年の離れている人とのコミュニケーションが日本よりも上手です。例えば、アメリカの会社では誰かが叱られているのをあまり見たことがありません。全員がリーダーになれる教育を受けてきているので、チームとして自分の役目がわかっており、それぞれが協力的になれるのだと思います。

スタートアップ企業で働くことについて

考え方が別次元で衝撃を受けました。建築家としての考え方を180度変える必要がありました。
これまでは、施主やクライアントのニーズを吸い上げ、「建築物」を形作っていましたが、いまはクライアントがいない状態で家を創る。プロダクトの考え方に非常に近いと思います。ターゲットとなるユーザーがいて、どんな問題をかかえて、そのプロダクトがどんな解決に繋がるのか?を考えていく。
日本のホームメーカーさんに近い形だと思うのですが、アメリカのホームビルダーという形で、アトリエ出身の建築家がそれに取り組むというのは、これまであまりありませんでした。

HOMMAのミッション

HOMMAのミッションは「先進的な現代のライフスタイルを創り出す存在となる」こと。このミッションや意気込みに共感してくれた人たちに投資してもらい、ユーザーエクスペリエンスに重きを置き、テクノロジーやサービスを駆使しながら、建築に組み込んでいく……そういうことをやっています。
ターゲットはアメリカ人なので、その文化の違いをどう理解するか、日本人の常識にとらわれず具現化することが建築家としての大きな挑戦でもあります。
また、アメリカでなぜAirbnbやUberがはやっているのか? 記事を読んだり、見ればわかるということは絶対ないので、サービスをしっかり享受し、文化を感じ、足を使ってちゃんとターゲットユーザーの生活を肌で感じることは、とても重要だと思っています。

HOMMAの住宅開発手法

スタートアップ企業の建築家として求められていること

イノベーティブな変化というのは、外部の業界から浸透してきてスタンダードに置き換わることが多いです。業界が化石化しないために変わらないといけない部分と、守らないといけない部分を取捨選択していかないといけません。スタートアップ企業で働いているからこそ感じるのですが、今後、建築家に求められることも劇的に変わっていくのではないでしょうか。
スタートアップ企業の建築家として重要なのは、一つ一つの機能に注目することではなく、その先のユーザー体験やサービスを作っていくことに重きをおくことです。

いままでのように建築だけで解決策を考えるのではなく、テクノロジーやサービスも解決手段の一つとしてデザインに組み込む。一つの分野や業界に固執せず、最終的に使ってくれるユーザーがどのような価値を感じ喜んでくれるかを大事にする。また、アメリカの文化やプロダクトコストを無視して美意識を押し出しすぎた高級住宅を建てても、本当に届けたい人には届かなくなってしまうので、全体のバランスを大事にしています。HOMMA ONE完成後には、ターゲットユーザーに実際に家やテクノロジー、サービスを使ってもらい、その声を反映しながらブラッシュアップしていきたいです。

働くのに大切なこと

アメリカでも、日本でもどちらでも言えるのですが、チーム作りが肝だと思います。特に重要なのは、経験のある上の世代と下の世代がどのように一緒に仕事をするかだと思います。
アメリカだと世代間のコミュニケーションが比較的フランクに行われます。私はいま、長年建設現場を経験してきたコンストラクションマネージャーのGregとチームになって、現在のプロジェクトを進めているのですが、お互いの専門分野を尊重しながらチームとしてプロジェクトを進め、現場でのリーダーシップを発揮しています。
建築は自分一人では何もできない業界です。例えば、現場経験の長い人をチームに組み込まず、経験の浅い若い人だけで建築スタートアップのプロジェクトを進めてしまうのは本当にもったいないことです。
建築こそ、上の世代が経験してきたことを、世代を超えて一緒に頭を突き合わせてやっていく必要があります。その一方、下の世代が持つ、経験だけでは生まれない新しいアイデアを、上の世代が柔軟に取り入れていく姿勢をもつことも大事なのです。建築のイノベーションは実はそういったところから生まれるのではと思っています。

建築家としてのキャリアについて

一番初めに就職した大手設計事務所では、さまざまな大きなプロジェクトに携われる機会がありました。ただ、やはり大きな企業なので、しっかりと分業化されていて、自分で全体像が見えないまま経験を積むことに対して危機感もありました。
アトリエ系事務所に移ったとき、プロジェクト全体を任されることも多く、チャレンジできる環境でした。そして、いまはスタートアップという、さらなるチャレンジ領域に足を踏み入れています。
これまでの経歴から考えるとスタートアップで仕事をすることで建築家としての蓄積が減ってしまうのでは?といわれたこともありますが、分断されている世界の橋渡しをするという経験はとてもプラスになっていると感じています。
スターアーキテクツ(Starchitects)自体はとても好きですが、私は自分自身が表に出ていくことに対してあまり重きをおいていません。時代に合わせたものをつくり、建築のやり方自体を革新できる建築家になりたいです。

井上亮氏

槙田 淑子

槙田 淑子Producer, Facilitator, Writer

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建築パース・建築ビジュアライゼーション分野のポータルサイト『Kviz』編集長。デジタルメディアシステム部 所属、社内ワークスタイルサポートプロジェクト「わくすた」リーダー。エンターテイメント・文教などデジタルメディアを使う業界向けの製品プロモーションやセミナーも担当しています。

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