IoTやVRなどの技術の普及に伴い、デジタルと現実世界の共存が急速に一般化してきました。しかし今現在では、以前紹介した「デジタルツイン」や「BIM」のように、現実世界の情報をデジタル世界に反映させているだけにすぎません。更に1つ上の段階に行くために必要な技術が、今回説明する「コモングラウンド(共通基盤)」なのです。
次世代の技術は、デジタルデータと現実世界がリアルタイムに相互関与していくことでしょう。そのために必要な異なる2つの世界をつなぐ基盤こそが、「コモングラウンド」です。導入に伴う課題や、注目されているゲーム業界の技術の応用などについて細かく説明していきます。
目次
「コモングラウンド」とは
コモングラウンド(Common Ground)とは、モノ(フィジカル)と情報(デジタル)が重なる「共通基盤」のことです。
先日、「BIM(Building Information Modeling)とは」という記事のなかで、3Dで生成した建物のデジタルモデルに、コストや仕上げ、管理情報などの属性データを反映させる技術、「BIM」について説明しました。設計・施工・維持管理まで、あらゆる工程に活用できるプラットフォームとして注目されています。
しかし、BIMは建築ビジュアライゼーションをすすめるデジタル内での基盤の整理にすぎません。その先には、建築業界の枠を超えた、人とAIが共存し、情報が交錯する社会が拡がっています。この共通基盤の構築を「コモングラウンド」といい、現在新たな挑戦が様々な企業で進められているのです。
コモングラウンドを実証実験する場として、スマートシティが最も注目されています。そもそも、私達の暮らし=現実世界は、とても複雑な建築と人の接点のうえに成り立っており、生活自体も非常に複雑な『情報』同士が紐付いています。そんななか、デジタルとモノを紐付けて考えるとなると、「生活そのものをデザインする街」自体を用意する必要があり、それがスマートシティの役割になります。
ここで、豊田氏のインタビューをご覧ください。
コモングラウンドの提唱者である建築家、豊田 啓介氏は、「日本のモノづくり産業は、過去25年で起きた『モノから情報へ』というシフトに完全に乗り遅れてしまった。しかし、逆に『情報からモノ』に回帰している現在、都市という実空間の扱いに長けていることがここに来て再び大きな意味をもつことになってきた。」と述べています。
デジタル社会へ変革していく進化のなかでは、日本はサービスを生み出すことにおいて後手に回っていました。しかし、デジタルの先行が続いた結果、今「モノに対してどうコミットしていくか」という、モノへの理解が必要な時代が来ようとしています。ずっとモノづくりを続けてきた日本が、再び日の目を見るチャンスが訪れています。「モノづくり」の技術が「デジタル社会」と繋がり、都市を作っていくコモングラウンドの世界が生まれようとしているのです。
デジタルツインとコモングラウンドの違い
似たような技術のため混同されがちですが、この2つの技術には明確な違いがあります。デジタルツインは、現実世界をデジタル世界に移植(コピー)し、そこで同時並行となる活用を促す構造になります。これは、あくまで現実世界の建築設計を軸としたデジタル世界での活用となるため、それぞれの世界を活かしたまま、別世界として扱う形になります。ですから、双方の世界が拡がってそれぞれを生かしていく、「ミラーワールド」と同じ意味になります。
一方で、『コモングラウンド』の概念とは「相互に共有しあい構築する」ことを根ざしたものであり、捉え方が異なります。
コモングラウンドは、リアルワールドとデジタルワールドの中間に位置し、重なり合う2つの世界の共通基盤です。言うなれば、現実世界から複製したデジタルツインのデータを、そのまま現実世界に反映させたものというわけです。
コモングラウンドに紐づく事例
豊田氏も語っている通り、コモングラウンドはこれから活躍していく技術であり、2021年現在において活用している事例はありません。ですが、コモングラウンドの導入を将来的に見据えた実証実験が、既に世界各地で行われています。これから紹介するのは、「カナダ」「シンガポール」でのスマートシティ導入の例です。
コモングラウンドの形成には、車や人間などのモノ(フィジカル)と気候情報やインフラなどの情報(デジタル)全てのデータ収集が必須です。これら2つの例では、1都市の規模において、様々な情報収集にどれだけのコストと工数がかかるのかを実証実験で測定しています。
サイドウォーク・トロント(Sidewalk Toronto)
『サイドウォーク・トロント』とは、2017年10月にGoogleの親会社であるAlphabet傘下のSidewalk Labs(サイドウォーク・ラボ)が開始したプロジェクトです。スマートシティを土地開発段階から作ることを目標に、カナダ最大の都市「トロント」におけるウォーターフロントエリアの再開発に取り組みました。
トロントでは、近年人口が増え続けており、交通渋滞や環境汚染などが問題視されていました。また、中国資本の投資が増えたことで住宅価格が上昇したり、貧富の差が拡大したりと、さまざまな社会問題を抱えていました。それら社会問題の解決のために、スマートシティ化、つまりサイドウォーク・トロントを進める運びとなったのです。
サイドウォーク・トロント導入の目的は大きく分けて4つあります。「雇用創出と経済活性化」、「持続可能(サステナビリティ)な開発」、「環境面、価格面に優れた住宅設計」、「新しいモビリティマネジメント(輸送システム)」の4点です。1つずつ細かく説明すると長くなってしまうので割愛しますが、簡単にいうと、開発地域のデジタルデータを取得・活用し、スマートシティ化することで4つすべての問題解決を目指しています。エネルギーや物流といったインフラの整備や、建築物や道路のデザイン、MaaS(Mobility as a Service)やリアルタイムな交通調整にいたるまで、すべてをデータ化して効率的に運営できるまちづくりを目指しています。経済活性化を進めるだけではなく、トロントの住民や環境にとって最適な暮らしの実現を目的としているのです。
ヴァーチャル・シンガポール(Virtual Singapore)
『ヴァーチャル・シンガポール』とは、フランスのソフトウェア企業「ダッソー・システムズ」と国が提携し、3Dマップ上でリアルタイムに交通データや衛生データなどを確認しようという試みです。
シンガポールは、東京23区とほぼ同じ広さの面積約720平方キロメートルに約570万人が住む人口密度の高い都市で、4,300棟を超える高層ビルが並んでいます。多くのセンサーが街中に設置されているため、都市生活やインフラに関するデータを常時把握できる都市でもあります。つまり、デジタル世界に本物の街並みを再現するには適任の都市なのです。
ヴァーチャル・シンガポールを活用すると、様々な場所のデータを取得し、情報を参照することができます。街の一部を見るだけで、該当エリアの交通手段、交通状況、天候、公衆衛生データを確認できます。また、マンションにズームインするだけで、建物の大きさ、エネルギー消費、建築材料、建物の規格、部屋の価格、住人の数、駐車場の数などを情報を得ることができます。これらの情報に関わるような作業・工事を行う際には、デジタル世界の中でシミュレーションすることも可能であり、リスクを軽減できます。
ヴァーチャル・シンガポールは、建築の観点でも活躍が期待されています。開発予定のある建物や公共スペースをデジタル世界に3Dモデリングすることで、新しい建物が建築された空間を仮想的に見ることができます。これにより、近隣住民の不安を和らげたり、建物が完成するまで気づかないような問題が起こる可能性を事前に見つけ出したりできると注目されています。
コモングラウンドを形作るゲームエンジン「Unreal Engine」
都市をデジタルで設計し、能動的に扱えるようにする技術は、ゲームエンジンにあると豊田氏は言います。そういった背景もあり、都市開発プラットフォームとして、ゲームエンジンである『Unreal Engine』の利用が始まっています。
「Unreal Engine」とは、Epic Games社が開発したゲームエンジンで、現在の3Dゲームを動かす際の必須ツールの1つになっており、最新バージョンの『Unreal Engine5(UE5)』のフルリリースも今後控えており、ますます注目を集めています。UE5では、リアルなライティングを実現する『グローバルイルミネーション』や『リアルタイムトレーシング』を利用することで、よりグラフィックのクオリティを上げることができました。
※最先端の機能をテストしたいと考えている建築&ゲーム開発者の皆様には、UE5のテストを始めてみましょう。こちらからダウンロードが可能です。まだ実制作に適した状態ではありませんが、早期アクセスビルドを使い、将来のプロトタイピングを開始することができます。
では、なぜ建築分野のソフトではなく、ゲームエンジンが利用されているのでしょうか?
そもそもBIMやCADは、サクサクと動かせることを前提としていないうえに、データも網羅的です。そのため、リアルタイムな情報生成を実現するためには動作が重すぎてしまいます。
その一方で、ゲームエンジンの場合は全体を制御するメタAIやキャラクターAIが、ゲーム内の環境を読みとって動かすということ実現しています。こうした技術を建築ビジュアライゼーションに応用することで、コモングラウンドやスマートシティに必要なリアルタイムな情報生成が可能になると期待されています。
しかし、BIMのデータを全てゲームエンジンを取り込むことは簡単ではありません。BIMには、構造や設備、素材や型番といった目に見えない属性データが含まれています。本来のゲームエンジンには必要のないメタ要素の為、どのように3Dモデルに反映させていくのかを試行していく必要があります。また、BIMやCADにも含まれていない道路や広場などのデータを、どのようにして複合的にゲームエンジンに取り込んでいくのかという課題も残っています。
国土交通省のProject 『PLATEAU(プラトー)』
こうしたゲームエンジンを取り入れ、3D都市モデルを活用したプロジェクトが「プラトー」になります。
プラトーは、国土交通省が進める3D都市モデル整備のリーディングプロジェクトです。都市活動のためのプラットフォームとしてオープンデータを公開することで、誰もが都市データを自由に利用できる様にすることを目指しています。すでに、一部のビジュアライゼーション化した3D都市モデルのオープンデータは、国土交通省によって開示されています。技術的には「デジタルツイン」と同様であり、都市単位でデジタルツインを作成していくようなイメージです。
プラトー導入の目的は、「全体最適・持続可能なまちづくり」、「人間中心・市民参加型のまちづくり」、「機動的で機敏なまちづくり」の実現です。地方公共団体、民間企業、大学・研究機関と共に3D都市モデルを活用し、社会にどのような影響をもたらすものなのか、ユースケース開発の実証実験を行っています。多岐にわたる業界で注目されており、「都市開発」や「不動産」にとどまらず、「小売」、「防災」、「通信」などの業界でも活躍が期待されています。現在でも多くの実証実験が行われており、スマートシティ化を進めるためのデータ整備の方法として確立されています。
コモングラウンドと今後の日本
デジタルの分野がアナログに歩み寄ってきたことによって、日本が今まで構築してきたモノづくりへの技術力が、再び世界に発信できる時代が近づいてきています。コモングラウンドが整備されれば、情報化で後れを取っていた日本が、先行して新しい時代を牽引していくことも夢ではありません。
これからの5年〜10年が、今後の日本の躍進を決める大きな転換期となることは間違いないでしょう。この記事を読まれている方のなかには、学生さんや業界未経験の方もいらっしゃると思います。デジタル技術の進化を常に追いながら、私達ならではの街づくりへの取り組みを推進する建築ビジュアライゼーションの分野に、飛び込んでみてはいかがでしょうか。