さまざまな業界において、DX(デジタル・トランスフォーメーション)という言葉を聞く機会が増えてきました。建築業界も例外ではなく、「コンピュテーショナルデザイン」という言葉でデジタル化が推進されています。設計力や顧客への提案力の向上に有効とされていて、今後はさらに広がっていくことが考えられます。
本記事では、コンピュテーショナルデザインの意味や歴史から、実際に活用した事例などを紹介します。
目次
コンピュテーショナルデザインとは
コンピュテーショナルデザインは、コトバンクでは以下のように説明されています。
「高度の数学的手法とコンピューターシミュレーションを取り入れた設計手法。デザインの自由度を高めると同時に、構造的・機能的に問題や矛盾のない設計が可能となる。飛行機、自動車、建築物の設計で導入が進んでいる。」
引用:https://kotobank.jp/
少し複雑に説明されていますが、簡単に言い換えると、その名前の通り「コンピューターで設計やデザインをすること」です。具体的には、設計の前のプランやコンセプト固め・シミュレーションなどを、コンピューターを使って実施することを指します。それにより、設計業務の効率化だけでなく、人間にはできないようなデザインの創造も可能になります。また、BIMと連携することで設計にかける時間を大幅に減らすこともできます。
コンピュテーショナルデザインという言葉自体は、1960年代を起源に使われるようになりました。これは、CAD(コンピューター)で設計や構造計算(デザイン)し始めたことを、コンピュテーショナルデザインの始まりと捉えている点からです。後述する『Rhinoceros』などの関連ツールも多く、2020年代の今でも日々技術革新が起きている分野です。
コンピュテーショナルデザイン × BIM
コンピュテーショナルデザインを語るうえで必要な「BIM」と合わせて説明します。
BIMとは、「Building Information Modeling(ビルディング インフォメーション モデリング)」の略称です。コンピュータ上に作成した3DCGのデジタルモデルに、コストや仕上げ、管理情報などの属性データを3DCGの建築物のデータ上に反映させる技術のことを指します。コンピュテーショナルデザインと掛け合わせることで、設計施工の面で業務効率化を測ることができます。
開発現場でのBIM関連の開発ニーズは高まっています。さまざまな関連ツールも出てきたことで、以前より少ない知識と労力でBIMやコンピュテーショナルデザインを扱えるようになりました。一方で、並行して技術の高度化・複雑化は進んでいます。
ここで、一つ記事を紹介します。Kvizにて、2023年4月7日(金)に実施の『コンピュテーショナルデザイン入門「デジタルと創作と連携」』のイベントで、石津 優子さん(株式会社GEL 代表取締役)にご登壇いただきました。そこで、非常に多くの学びを得られる機会がありましたので、改めてこちらで記事の内容をご紹介します。
上記の記事内でも謳われている課題(コンピュテーショナルデザインの問題点)のひとつに、『人材育成』があります。DynamoやGrasshopperなどのソフトウェアの操作に関して、根本的な仕組みを理解する前に現場に即投入するケースが多いという問題があります。そのため、問題が起きた際には場当たり的な対策をせざるを得ない環境にあります。また、既存技術の知識が薄いがゆえに新しい技術を生み出せない現状もあります。
こういった技術進歩が早い分野は、体系的に学習することが困難であるため、コンピュテーショナルデザインを取り入れる課題のひとつといえるでしょう。
コンピュテーショナルデザインのためのソフト・ツール
それでは、コンピュテーショナルデザインのソフトやツールの一部を紹介します。
Rhinoceros(ライノセラス)
Rhinoceros(以下、Rhino)は、 アメリカの会社である『Robert McNeel & Associates』が開発した3Dモデルの作成やレンダリングができるソフトウェアです。自動車などの工業製品やジュエリー、建築などのさまざまな分野のデザイン業務で利用されています。特徴として、フリーフォーム「NURBS(ナーブス)モデリング」に強いという点があります。NURBSモデリングとは、簡単に言うと有機的な形状に強い3Dになります。
また、多様なデータフォーマットに対応していることも特徴のひとつです。Rhinoは、図面データであるDXFやDWG、AIファイル、JPEGなどのさまざまなデータフォーマットに対応しています。さらに、3Dツールである『CATIA』や『Maya』などとのデータ交換にも対応しています。
後述する『Grasshopper(グラスホッパー)』というプラグインや、Revitと統合できる『Rhino.Inside.Revit(ライノインサイドレヴィット)』というアドオンなど、多くの拡張機能があります。
Grasshopper(グラスホッパー)
Grasshopper(以下、GH)とは、Rhino上で利用できるモデリング支援用プラグインです。GHでは、手動では扱うことが難しい大量のデータを処理可能です。そして、GHの最大の特徴には、「パラメトリックデザイン」があります。
そのため、デザインのプロセスを論理化できるところも強みになります。幅×奥行き×高さのパラメータの数値を入力するだけで、リアルタイムに動かすことができます。どのような形を作るか、ロジックを組みプロセスを踏んでデザインができているか、それらを論理化できるところがGHの特徴です。
「直線を等間隔に100本描きたい」という場合を例に考えてみます。通常の製図ソフトであれば「配列複製機能」を使って線を描きますが、GHでは「線を等間隔にX本描く、Xは100とする」という命令を出します。そして、仮に「100本ではなく200本」と変更があった場合を考えてみます。CADの場合では一度線を消去した後にもう一度作業をする必要がありますが、GHではXの数値を200にするだけで対応できます。こういった点が、GHの持つ強みです。
Dynamo(ダイナモ)
Dynamoとは、AutoCADやCivil 3D、Revit で行う作業を自動化するための「ビジュアルプログラミングツール」です。ビジュアルプログラミングとは、図形を動かすことで見た目にわかりやすくプログラムを作成することを指します。テキストによるプログラミングよりも、直感的にプログラムを作成可能です。そのため、プログラミングの専門知識が無い人でも必要な機能をカスタマイズするだけで作業を自動化できます。
ここで改めて、石津 優子さんの記事のご紹介です。GHとDynamoについて、詳しくまとめてお話をいただいています。
上記の記事にもあるように、Dynamoには、パッケージが豊富でユーザーが多いという特徴があります。専用のコミュニティで質問するだけで答えが返ってくるくらいフォーラムが充実しているため、行き詰った際に重宝されています。また、DynamoPlayerから実行できることも特徴のひとつに挙げられます。グラフィカルコーディングを直接見なくてもパネルを押すだけでプログラムを動かせるため、プログラミングに抵抗や恐怖心がある人でも恩恵を受けることができます。
Revit(レヴィット)
Revitとは、BIMソフトの代表格として世界中で高いシェアを誇っている『Autodesk』社製のソフトです。「Autodesk社製のCADソフト」には『AutoCAD』がありますが、Revitは「Autodesk社製のBIMソフト」という位置付けになります。
Revitは、意匠設計者に役立つのはもちろん、構造や設備の設計者もダイレクトに設計を担当することを可能にしています。従来の、意匠設計者が作成した図面をもとに構造や設備の設計者が別のソフトで設計を行うというフローを無くすことで、工数や打ち合わせ数を減らし、プロジェクトを円滑に進めることができます。
Revitには、Autodesk社製の他のソフトとの連携ができるというメリットがあります。都市設計などの広範囲で利用できるCIMソフトの「CIVIL 3D」や、「INFRAWORKS」から2D作図ソフトの「AutoCAD」まで、さまざまなAutodesk社の製品と連携できます。これらのAutodesk社製のソフトを既に利用しているのであれば、RevitをきっかけにBIM導入を考えてみてもいいかもしれません。
事例紹介
Kvizでは、コンピューテーショナルデザインに関するセミナーを通して、さまざまな事例をご紹介してきました。ここからはその一部をご紹介していきます。
(事例1)ハイブリッド木造CO2削減検討アプリ by 石津 優子さん(株式会社GEL 代表取締役)
まずは、先程よりご案内をしている株式会社GELの石津さんの記事より、面白い事例を抜粋します。株式会社GELさんが株式会社大林組と共同開発で作った「ハイブリッド木造CO2削減検討アプリ」の事例です。
大林組には『クリーンクリート』と『ハイブリッド木造』という独自のシステムがあり、それらを見せて「今回、このシステムで作りませんか」と営業するためのツールです。
営業の人はCADソフトなどは使わずにiPadツールに情報を打ち込んでいくことで、建物の規模感やコストアップ率を見せることができます。規模感や木造化する箇所、ターゲットにするCO2削減量などを簡単にファサードなども変えながら、インタラクティブかつパラメトリックに計算できます。
また、このアプリでは内観も見ながら詳細を検討可能です。
(事例2)富士山世界遺産センター by 渡辺 健児さん(シンテグレート合同会社 代表)
次に紹介するのは、RhinoとGHの活用事例であるシンテグレート合同会社さんの『富士山世界遺産センター』の事例です。設計は坂茂建築設計、施工会社は佐藤工業、そして木の網目状のところを株式会社シェルターが行った案件です。
すり鉢状の曲線のデザインになっているため2Dの検討が難しいということで、3Dでシミュレーションを繰り返し、検証しながらモデルを作って収まりを考えました。
シンテグレートさんがこの木のデータ作りを担当したのですが、遠目から見ると普通の網模様に見えるところも、上図右側の拡大写真を見るとわかるように意外と複雑な形になっています。デザインの初期段階ではこのような条件が考慮されないことも多いのですが、実際に加工・施工する際には現実的に考えていく必要があります。
全体の約7,000ピースの半分である約3,500ピースが全て形状やサイズが異なる状態で構成されています。坂茂事務所からは上から下まで1本でつながったデータしか渡されず、施工・製作の段階では情報が不足していました。その点を、シンテグレートが施工会社・製作会社と話をしながらデータに変換をしていった事例です。
(事例3)広島スタジアムにおけるRhino&GrasshopperとRevit連携紹介 by 福田 純さん(大成建設株式会社一級建築士事務所 設計品質部 BIM推進室)
3つ目に紹介するのは、『広島スタジアム』のプロジェクトです。
このプロジェクトでは、広島市中区基町の自然に囲まれた場所に上図のようなスタジアムを建築しました。観客席は約2万8500席で延べ面積は約6.7万㎡、最高高さは約42m、階数は地上7階建てです。観客席はRC造/一部RC造のコンクリート型の構造体でしっかりと作られ、屋根は鉄骨造で作られているプロジェクトです。
このプロジェクトでは、屋根や屋根を支える鉄骨、観客席、観客席周りの構造体、仕上げの軽量鉄骨の壁、建具などのファイルを細かく分けています。もちろん、作業者のパソコンで十分に動かすためです。データを統合する際には、作業者がそれぞれAutodesk社の『BIM360』と呼ばれるクラウドプラットフォームにアップロードしていきます。クラウド上で統合されたBIMのモデルは、水を得た魚のように軽快に動かすことができます。『Microsoft Edge』や『Google Crome』などのインターネットブラウザだけでなく、iPadなどのタブレットでも世界中から見ることができる便利なツールになっています。
屋根作成全体の流れを説明します。上図左側に「設計」と「施工」、それぞれの流れがあります。緑色の枠が、Rhino + GHで作業するところです。まず最初にやるべきことは、図にある通り「パラメトリック化」です。設計者の固定的なイメージをパラメトリック化し、可変性を持たせていきます。
次に、屋根に必要な水勾配において、適切な雨水の処理について解析をしていきます。その次が屋根を支える構造体です。構造体では、構造設計者の考え方をヒアリングして構造体を自動生成します。自動生成された構造体を構造解析ソフトに連携して解析を繰り返し、解析された結果を再度取り込んで構造体を再生成していきます。ここまでのフローはRhino + GHで行っています。建築の図面を作っていく際はコンピュテーショナルデザインよりもBIMの方が特化しているため、Rhino + GHで作られたものをBIM化して連携していきます。
施工段階に入った後は、鉄骨系・構造型のBIMソフトである『Tekla』にデータを連携していきます。ありがたいことに、今は各種メーカー様が金属屋根や折半屋根、膜屋根などの情報も3次元ソフトで高い精度で作っていただいています。そのため、各種メーカー様の作ったデータを用いて、屋根の統合モデルを作っています。屋根の統合モデルもRhino + GHで作成しています。
コンピュテーショナルデザインの今後
50年以上の歴史を持つコンピュテーショナルデザインは、現在でも日々革新を続けています。むしろ、一般のユーザーや企業がコンピューターを日常的に使うようになった近年だからこそ、これまででは考えられなかったような速度で、日々技術が向上しているという相関もあるでしょう。
設計面や構造計算においては、人間の頭脳だけでの計算には限界があるため、コンピューターという外部の計算リソースに頼る必要があります。また、デザイン面においても、コンピューター内に蓄積した大量のデータから導かれるアイデアも活用できていくことが予測できます。
コンピュテーショナルデザインは、そういった幅広い観点から応用が拡がっていくことが考えられます。コンピュテーショナルデザインをベースに取り入れた技術革新こそが、新しいデザインの可能性といえるのです。