走れ初期衝動 〜好奇心を燃やし続けるために〜 第一話 Episode 0「田舎者」

大阪を拠点に活動する建築ビジュアライゼーション制作会社「インカー・ドローイング株式会社」は、人の心を掴む“モテパース”をクライアントワークで実現する集団です。

これから建築ビジュアライゼーション業界に進む方や興味をお持ちの方に向け、全6回にわたり代表取締役である梶野潤さんのコラムをお届けします。

人生の原動力となる好奇心はどうやって持続させているのか。仕事論だけではなく道に迷った時に読み返したいような人生論に至るまで幅広い内容をギュッと詰め込んでお届けします。

  • 第一話 Episode 0「田舎者」 ←今ここ!
  • 第二話 Episode 1「10代 とにかくしんどい事をやる」
  • 第三話 Episode 2「20代 とにかくバカをやる」
  • 第四話 Episode 3「30代 死ぬほど働く」
  • 第五話 Episode 4「40代 答え合わせ」
  • 第六話 「より遠くへ」

プロフィール

梶野 潤

インカー・ドローイング株式会社 代表取締役
1972年、京都府出身。
京都市立伏見工業高校(現・京都工学院高校)工業デザイン科、大阪芸術大学芸術学部デザイン学科で学んだ後、’97年にゲーム制作会社に入社。背景グラフィッカーとしてゲーム内ダンジョンの制作を担当する。
その後‘00年より建築業界に転身、パース制作を始める。’06年独立後、’12年、「インカー・ドローイング株式会社」へ法人化。
URL:https://inkarinc.com

はじめに

建築業界やCG業界において、話題となっている “建築ビジュアライゼーション“という潮流。これまで主流とされていた“建築パース“という間口からさらに踏み込み、「絵にストーリー性を持たせる」「見た人の想像力を喚起する」ことを軸に据え、建築の持つ意味を新たな側面から伝えるコミュニケーション手法である。

思い返せば我々の人生において映画のような瞬間が訪れるとき、建築はしばしばその背景として重大な役割を果たす。生まれた場所、育った家、遊んだ広場、学んだ学校、通った駅、プロポーズした場所、家族と建てた家、闘った病院、見送られる斎場。いつの世も建築は誰かの想いを背負いながら育っていく。

その役割や歴史を情熱的に表現できたら。設計者の想いを代弁するに足る絵を作れたら。見知らぬ誰かの想像力を掻き立て、その夢が街づくりや暮らしを形作る、そんなパースが作れたら。
このような想いから、私たちインカー・ドローイング株式会社は魅力的でモテる絵=モテパースを作ることに主眼を置いて日々活動している。

そんな会社の代表取締役。「さぞ都会的な環境で育ち、昔からやりたいことが明確で、しかも感性が洗練されていて、それこそモテる哲学を熟知しておられるのでは」というお声を、冷やかしも含めて頂戴することがあるが、実際に育った環境はその真逆だった。封建的な村、少ない選択肢、そして変えようのない世襲制度。

そんな中で時代の流れやさまざまな出会いに自分をできるだけ最適化しながら、偶然の積み重ねでここまでなんとか走り続けている。
このコラムは、決して洗練されているとは言えない環境下で育った自分がいかにして好奇心や初期衝動を持ち続けてきたのかを全6回に渡り泥臭く展開させていただくものです。

これまでの人生の中でたびたび訪れた新たな出会いや出来事がどのようにキャリアに結びついたのか。どんな学びや気づきがあったのか。そして、すべての原動力となる好奇心をどのように維持し続けてきたのか。是非最終章までお読みいただけると幸いです。


お茶農家の跡継ぎの運命

木津川市加茂町。京都市内より30kmほど南下したところにある小さな町。その奥地の里山に私の故郷がある。
世間から隔絶されたこの村には、電車はおろかバスも通っておらず店もない。令和の現在でも自販機すらない。猪や鹿そして猿が突如として出没するサファリパークのような場所だ。
雄々しい木津川を抱き込むように山々が連なるこの地域は古くより宇治茶の生産地として発展し、我が家も代々製茶業を生業としていた。つまり私は長男として誕生した瞬間から跡継ぎとして生きる運命が決まっていた。

収穫期、5月のGWになると毎日子牛のように畑に連れて行かれる。そこで待っているのは楽しい「茶摘み」ではなく怒号の飛び交う「茶刈り」だ。大型バリカンのような機械でどんどん刈り、トラックに積み、茶工場へと運ばれる。遠洋の漁船のように緊迫した畑で怒られながら、茶葉でいっぱいになった重い袋を何往復も運んだ。

宇治茶の畑は山間部にあるので歩くだけで辛い。そして怖い。もし転んだら谷底へ一直線だ。命の保証はない。しかしそれ以上に怖かったのは、「自分はなんでこんな自由のない家に生まれてしまったんだろう」という絶望感だった。

故郷の村。左端に筆者の茶工場が見える。

故郷の村。左端に筆者の茶工場が見える。

そんな山奥から町の小学校まで通うのもまた一苦労で、4kmの道のりを歩いて通学していた。往復8kmの毎日を、晴れた日は麒麟草の枝を振り回し、雨の日は蓮の葉を傘に、雪の日はトタンのソリで滑走しながら過ごした。

町に住む友人と遊ぶ約束をした時などはさらに過酷を極める。学校から一度帰って、またすぐさま自転車で町へと向かうのだ。もはや部活だった。しかし、町の友人と遊んでいると一瞬でも跡継ぎの宿命から抜け出した気になり、なんでもできる気分になった。

子供が集まる駄菓子屋、プラモデルが置いてある本屋、文房具も売っている釣具屋。握りしめた小遣いでたいしたものは買えないが、町の一員としての自覚が芽生え、少し成長した気分になった。町への距離は遠かったが、心の距離を近くしてくれた。

そして夜の帳が下りるころ、町の光を背に、大きな杉の木に覆われた山道を一人帰る。街灯もない上り坂。落ちて湿った木の葉に滑りながら、月明かりを頼りに一歩ずつペダルを踏む。宿命に戻る帰り道は寂しく孤独な時間だった。

スクラップ&ビルドの実践

自宅においては近所の友人が少なかったので、必然的に二人の弟と遊ぶ時間が増えた。村に広場や店はないが、工具と土地だけはたくさんあった。そんな中で3人兄弟がやることは往々にして“何かを作り、派手に壊す”つまりスクラップ&ビルドの実践である。

あるとき、「子供用の自転車を軽量化して、茶畑にジャンプ台作って飛ぼうや」ということになった。映画“E.T“のようにBMXで空をクールに飛んでみたいといういたってシンプルな願望をなんとか実現できないかと考えた企画だ。

早速3人で自転車の改造に取り掛かる。前後の泥除けを外し、ハンドルをアップハンドルに変え、ベルやライト、チェーンガードを外す。そして気合を誇示するかのように前ブレーキも外す。

完成してみると、ガイコツのようなすっからかんの自転車になった。ダークヒーローはいつの世も憧れの的である。「想像以上にかっこいい・・・!こんな自転車誰も乗ってない!」引き算の美学ここに極まれり。無駄を削ぎ落としたそのスタイルはとても美しかった。E.Tを超えた(気分になった)。

美しさのあまり飛ぶのが惜しくなってくるが、もう後には引けない。家からスコップを持ち出し、町の友人も巻き込んで、小さいながらもしっかり角度のついたジャンプ台ができた。
時は来た。

「さあ飛ぶぞー」と意気揚々臨んではみたものの、少しジャンプするだけでも恐ろしく足がすくんで飛距離はまったく伸びない。そこに割って入った怖いもの知らずの友人が一言「・・・飛ぶか」。
彼は自転車を押して丘の頂上にたどり着くとふぅと一呼吸置き、猛スピードで坂を駆け降り一気にジャンプ台を超えた。

一瞬の静寂と共に、そこにはトンビのように雄々しく羽ばたく友人の姿があった。スローモーションで弧を描きながら、ヤツは確実に空を飛んだのだ。
と思ったのも束の間、そのまま自転車はバキリという大きな音をひとつ立て、四方八方に空中分解した。スローモーションは終わり、自転車の残骸は友人もろとも地面に叩きつけられ、爆笑の混じった賛辞と共にこの企画は幕を閉じた。

それ以降手作りのカスタム自転車で空を飛ぼうとするのはやめたが、その時の感動は強烈で、「いつか絶対本物のBMXを買ってやる」と心に誓った。

かつて飛んだジャンプ台は現在茶畑となっている

かつて飛んだジャンプ台は現在茶畑となっている

小さな成功の積み重ね

「映画に出ている少年がクールな自転車で空を飛んだ」
「身近な兄弟や仲間と粗大ゴミのような自転車で畑を飛んだ」

一見、まったく比べ物にならない二つの出来事のように思えるが『みんなで“飛ぶ”』という壮大かつシンプルなミッションは成功した。
こうした小さな成功の積み重ねは知らないうちに“いつか映画みたいな景色を本当に見られるかも知れない”というきっかけを作り、さらに長い年月を経て“その感動を人にも伝えることができるかも知れない”に変わっていった。

今思えば、自分の初期衝動を鍛えてくれたのはきっとあれだけ嫌っていた僻地の田舎だったのだろう。抑えきれない反骨心と想像力を養ってくれた移動距離、そして好奇心を後押ししてくれた寂しさ。これが自分の人生に与えられた手札だった。孤独が連れてくるものと向き合い、より良い世界を想像しては何かを作り出し、繋がりたい。「みんなで楽しもう」というシンプルで尊い欲求のために。
田舎でも都会でもいいし、国内でも海外でもいい。移動しながら孤独を得ることができれば、初期衝動はずっと走り続けることができるのだろう。

次回は第二話。苦難のティーンエイジャーに突入します。

  • 第一話 Episode 0「田舎者」 ←今ここ!
  • 第二話 Episode 1「10代 とにかくしんどい事をやる」
  • 第三話 Episode 2「20代 とにかくバカをやる」
  • 第四話 Episode 3「30代 死ぬほど働く」
  • 第五話 Episode 4「40代 答え合わせ」
  • 第六話 「より遠くへ」
梶野潤

梶野潤インカー・ドローイング株式会社 代表取締役

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インカー・ドローイング株式会社 代表取締役
1972年、京都府出身。
京都市立伏見工業高校(現・京都工学院高校)工業デザイン科、大阪芸術大学芸術学部デザイン学科で学んだ後、’97年にゲーム制作会社に入社。背景グラフィッカーとしてゲーム内ダンジョンの制作を担当する。
その後‘00年より建築業界に転身、パース制作を始める。’06年独立後、’12年、「インカー・ドローイング株式会社」へ法人化。

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